東京出張

今月の末に予定している東京出張であるが家族のものには、誰にもまだ話していない。前回の関西出張のときは既に諦め顏であったが。今回はどうであろうか。また小言のひとつも言ってくるのであろうか。思えば新幹線が開通してから便利になったものである。かつては東京出張は飛行機で行くのがメインであった。この飛行機であるが、予定通りに飛ばないとか、雪で視界不良のため着陸出来ませんので羽田空港に引き返します。なんてアナウンスが流れたこともあった。出発したものを引き返されたら仕事の予定が全て狂ってしまう。新幹線の場合は、流石にそこまで酷いことにはならないであろう。冬の日本海側は大雪かもしれないが東京はカラカラの天気である。

雪がそれほど酷く降らない冬が当たり前になったのは何年前からだろうか。かつては日本海側、さらに昔は裏日本と呼ばれた地域では冬になると、一晩で子供の身長くらいの雪が積もるのは別段、珍しいことでも何でもなかった。一階の玄関は雪で塞がってドアも開かないので二階の窓から出入りするとか、積雪の重みで家屋が潰れた、なんて話もあった。雪の重みで家が潰れると困るので屋根から雪を降ろすなんてのは冬場の日常の光景としてあったものであった。雪国に住むものとしては道路などの積雪はない方が良いに決まっている。しかしながら、スキー場の経営などは大変ではないのであろうか。

それにしても、私の人生を通り過ぎて行った人の群れ。あの当時は濃密な関係であったかもしれない。しかしながら、今となっては何の関わりもない。火星の裏側に住んでいる生き物と同じく、私にとっては何の意味も持たない存在である。しかし、あの当時は、あの人々の群れとの関わりに意味を見いだそうとしていた。今になれば分かるが、自分以外の人間は放っておくより仕方ないのである。自分は全体の一部かもしれないが、自分が影響を及ぼせるのは自分のみである。他者は他者が影響を及ぼせば良いのである。このことに気付くまで結構な時間を必要としたものである。虚無主義こそが人生の正解なのではないのか。